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みなさま、今年もありがとうございました。
今年は、104回のライブを行うことができました。

-> 2006年 演奏実績

多くのスポーツ選手が、
勝利インタビューで「みなさんのおかげです!」と答えているのを聞いて、
昔の僕は、社交辞令だと思ってた。
でも、それは僕が何も知らないだけだった。

いまの僕は、
ほんとに、ほんとに、みなさんのおかげで、
1つ1つの音が紡がれたことを、
1つ1つのライブが開催できたことを、
実感している。


ほんとうに有り難うございました。
来年も頑張りますので、
どうぞ、よろしくお願いいたします。
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暗闇カフェの写真

先日、大きな宅急便が届いていて、
開けると中には、大きな額に入った写真。
先月の暗闇カフェの写真です。
僕がピアノの前で手を合わせている写真でした。

送り主は、猪腰広明くん(通称:イノッチ)。
僕が最初に会ったのは、1年以上前のこと。
そのときの彼は、高校を卒業後、上京して写真学校に入ったばかりの頃だった。

親の反対を押し切って入った写真への道。
迷いをたくさんかかえた、悩める十代だった。
「恐縮です」が口癖で、丁寧で物腰低いけど、
きっとそれは自信のなさの現れでもあり、彼なりに世を生き抜く処世術だったと思う。

そんな彼は、会わなかったこの期間に、
カメラ片手に2回も日本一周をした。
桜前線の移動とともに、沖縄から北海道まで、
春の訪れを喜ぶ人々の写真を撮り続けた。
1回目の日本一周は、ヒッチハイクしていたらしい。
あの気弱な感じのイノッチが。

先月、久しぶりに会った彼は、見違えるような大人になっていて、
もう「恐縮です」は言わなくなっていた。
そして、その日撮ってくれた僕の写真を、こんな額におさめて送ってくれた。

旅は人を成長させる。
イノッチ、ありがとう。
今日は、フルートの栗谷かずよちゃんとまわる、福祉施設での演奏の2日目でした。

昨日の3軒は、昨年もお伺いした施設でしたが、
今日の3軒は、1つは昨年もお伺いした施設で、2つは新しい施設です。

新しい施設では、ある先入観を持たれてしまいます。
「認知症なのに、音楽を聴かせても分からないんじゃないか」
「うちはそんな文化的なことは必要ない」
....など。

でも、演奏を聴いてくださるときの、
おじいちゃん、おばあちゃんたちの
目の輝き、笑顔、手拍子、そして涙が、すべてを物語っていて、
演奏後、施設の職員さんに「やっていただいてよかった!!」と
おっしゃっていただけたのが、ほんとうに嬉しい。

僕は、音楽が万能だなんて思っていないけど、
でも、生身の人間が、生身の人間に対して、
自分にできる最高の表現で、精一杯のコミュニケーションをしようとすること、
それを受け止め、何かの表現でお返ししようとしてくれることは、
すごく重要なことだと思う。
命と命のコミュニケーションだと思う。
自分は生きているんだ、と感じることができる瞬間だと思う。
それがない人生は、さびしい。


最後の施設での演奏の時、
かずよちゃんとセッションするのもこれが最後かと思うと、
泣きそうになった。
僕は、かずよちゃんとセッションするのがすごく好きで、
一緒に演奏していると、何か、1つになるような感覚を味わう。
アメリカに旅立つ彼女が、2年後、どれくらい成長してくるか分からないけど、
それに負けないように、そして、もっといいコミュニケーションがとれるように、僕も頑張ります。
いまは、12月の九州ツアーの真っ最中。
先週から、金土日月と4日連続でライブ。

昨日は、久々のOFFだったのですが、友人のフルーティスト・栗谷かずよちゃんのアメリカ留学の壮行会で演奏することになり、7日連続ライブになりました。
嬉しい悲鳴です。

今日は、そのかずよちゃんと一緒に、熊本県内の福祉施設で、
クリスマスコンサートをしてまわりました。
今日は3軒、まわらせていただきました。
いずれも、昨年も演奏させていただいた施設です。

みなさん、認知症をわずらっておられますが、とてもお元気。
僕らのことを覚えていてくださってるかたも多くいらして、すごく嬉しかった。

それにしても、
こんなにたくさん、ありがとう、ありがとうと言ってもらえる日があるだろうかというくらい、たくさん感謝していただきました。
でも、こういった福祉施設での演奏は、自分のためでもあるのです。
おじいちゃん、おばあちゃん、職員の方から、
キラキラしたもの、あたたかなもの、たいせつなもの、
たくさんのものをいただいています。

こちらこそ、ほんとうに感謝です。
ありがとうございます。

明日も3軒まわります。
それで、7日連続ライブも終了。
金曜はOFFで、
土曜日は2006年最後のライブです。

頑張ります。
みこころ


今日は、熊本市にある「みこころ病院」での2度目のライブ。
ここは、本当に素晴らしいホスピスです。

今回は、病院内のにあるチャペルにピアノを移動してもらいました。
真っ白で、光がたくさん差し込む、聖なる空間。
患者さん、ご家族、看護士さん、シスター、スタッフのみなさんに囲んでいただき、
また、一般のお客様にもおいでいただいたライブ。

30分間の短い時間だけど、
かけがえのない、大切な大切な30分になりました。

80歳過ぎている車椅子の患者さんが、
「あなたのピアノがわたしの心と体に響いたとき、
自分は生きているんだと実感しました」
と言ってくださいました。

ありがとうございます。
僕も、きっとそのとき、生きているんだと実感していました。
それは、あなたのかげだと思います。
さっき、PCへの住所入力を終えました。

全部で900件。
これは、僕のライブのアンケート&感想ノートに、住所を記入してくださったお客様の住所です。
字が判別しにくかったり、郵便番号が抜けてたりして、いちいち検索などしていたので、かなりの時間を要しました。なんだかんだで1ヶ月がかりだったかもしれない。

入力しながら思ったのは、

僕にとって、演奏会場のオーナーさんや、イベントの主催者・コーディネーター、演奏依頼をくださる方々はもちろんクライアントではあるのだけど、

こうして僕のライブに足を運んでくださったお客様お一人お一人が、ほんとうのクライアントなのだなと。

お一人お一人のおかげで、
僕は今年もピアノが弾けて、
こうして生きている。

来年も、がんばります。
あの美しい花は
花粉を運んでくれるミツバチにアピールするように
その美しさをアピールするかもしれない

あの美しい鳥は
雌鳥へ求愛のしるしに
懸命に美しい声で鳴くかもしれない

でも、それは生きていくためにアピールしているのであって
富や名声のために
自己陶酔のために
歴史に名を残すために
自分の美しさを売り込もうとしているのではない


世界のどこにも名を残さぬまま
僕は死んでいくかもしれないけど

あなたが聴いてくれて
ハチドリが聴いてくれて
近所の犬のチロが聴いてくれて
雲が流れ、太陽が輝き、花が咲き、
そんなに幸せなことがあるだろうか

僕はありのままにあればいい
息をするようにピアノを弾いて
死んでいけばいい

僕がいたこと
みんなはいつか忘れるかもしれないけれど
いま僕はこうして
せいいいっぱい、いのちを響かせて
いま目の前にいる君の
どこかに響いたなら
それでよいではないか

もし何も信じられなくなっても
いま生まれた音
いま目の前で聴いてくれている君
いますぐ横で支えてくれる仲間
いまささやいた鳥、いま吹いた風を
信じていけばいい

僕は
いまこのときを
一瞬たりとも無駄にはせずに
いのちを響かせるのだ
せいいっぱい、せいいっぱい
響かせるのだ
会場

初めての会場、「由布院 空想の森 アルテジオ」でのライブ。

友人の北村直登くん(画家)の個展に合わせて開催。
お兄さんの誠司さん(キャンドル・アーティスト)のキャンドルによる演出もしていただけました。

美しい美術館の空間。
すべての電気を消すと、ピアノを囲むようにキャンドルが浮かび上がる。
キャンドルもお客様も、僕を囲んでくれている。

アルテジオ演奏風景

僕は、静寂に、1つまた1つと音を響かせる。
キャンドルの炎はまるで命のよう。
この会場にあるすべての命に向けて、僕は音を響かせる。

僕は、この目の前にあるものを信じればいい。
みんな、ありがとう。

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