上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
昨年末、大きなソロ・コンサートを控え、開場前にロビーにいると、
ある男性が僕に声をかけて来た。


「私は、自宅でコンサートを30年間、開催している。
有名な○○も、○○も、うちでやったんだ。
でも、君のコンサートは無理だ。
君はオリジナル曲しかやらないから、客が呼べない」


音楽業界は、既存の曲、つまり他人の曲を演奏することが、
表現スタイルの1つとして浸透している。

音楽以外の分野、例えば、美術の世界においてはこんなことはあまりないと思う。
ある現代アーティストの美術展に行ったら、
ピカソやゴッホの作品の焼き直しばかりが並んでいた...
ということはない。
皆が、オリジナル作品で、勝負している。

音楽において、既存曲を演奏するのは、
名曲を未来に伝承していく、という意味がある。
また、クラシックのように、「いかに解釈するか」というところに芸術性を持たせる形式もある。

その一方で、僕のように、
オリジナル曲一本で勝負するアーティストもいる。


僕は、どちらもあっていいと思う。
自分が納得してやっているなら、それでいいと思う。


ただ、まわりがなんと言おうと、
お客さまが集まらなくて、路頭に迷おうと、

僕は僕だから、僕の音をやる。
ただ、それだけだ。
その強さを、もてるかどうか。
それだけだ。



冒頭の男性、
コンサートの直前に、わざわざそんなことを言いにきたそのかたは、
その日のコンサートで、最前列で聴いてくださっていた。
スポンサーサイト

Comment


いろんな人がいますねー
本番直前に、そんなことわざわざ言うなんて。

「僕は僕だから、僕の音をやる」

このことを再確認させてもらえたのかもしれませんね。その男性の発言によって。

これからも重松さんの音を鳴らし続けてくださいね!

ありがとうございます。
直前にそんなことを言われても、
それを受け止め、でも自分は自分のことをやるだけだと、
思える自分がいました。

だって、それしかないんですものね。

Post Comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

Trackback URL
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。